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札幌地方裁判所滝川支部 昭和44年(ワ)105号 判決

原告

鈴木てつ

ほか七名

被告

道央開発株式会社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立

原告らは次の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

「一、被告は、原告鈴木てつに対し、六、六〇八、六七二円およびそのうち五、八五八、六七二円に対する昭和四四年一一月二二日から支払済まで年五分の割合による金員、同鈴木隆昌、同西淑子、同鈴木恒行、同川合千恵、同鈴木克枝、同鈴木敬晃、同鈴木照子に対し、それぞれ、一、七三六、〇七〇円およびそのうち一、五八六、〇七〇円に対する昭和四四年一一月二二日から支払済まで年五分の割合による金員、を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」

被告は主文と同旨の判決を求めた。

第二、主張

一、請求の原因(原告ら)

(一)  訴外鈴木健敏(以下被害者という)は次の交通事故(以下本件事故という)により死亡した。

1 発生日時 昭和四二年八月七日午前一〇時頃

2 発生場所 樺戸郡新十津川町字尾白利加三、三二二番地先

3 事故車 ブルドーザー小松D六〇A(全高二・五九五M、全長四・八八〇M、全幅三・六五〇M)

4 運転者 訴外竹村征八

5 事故の態様 被害者が事故発生場所において道路から笹原中を工事現場へ向う事故車をその前方で誘導中、事故車の排上板の下敷となり死亡したもの。

6 死因 胸部圧迫による圧迫死

(二)  原告鈴木てつは被害者の妻であり、その余の原告七名は被害者と原告鈴木てつとの間の子であるが、被害者の死亡により被害者の権利につき、原告鈴木てつはその三分の一、その余の原告七名はそれぞれその二一分の二を相続した。

(三)  被告会社は土木建築請負業を営むものであるが、本件事故車を保有し、訴外竹村征八を運転手として雇傭していたものである。しかして本件事故は、被告会社が被害者から請負つた整地工事を施工するため、訴外竹村をして被告会社のため事故車を運転して工事現場へ向かわせたその途中において惹起したものであるから、被告会社は自己のため自動車を運行の用に供する者として自動車損害賠償保障法三条により、又は訴外竹村の使用者として民法七一五条により後記損害を賠償すべき義務がある。

(四)  損害

1 得べかりし利益の喪失

被害者は土木建築請負業を営んでいたものであるが、死亡前三カ年の請負高は、昭和三九年一二、一一二、〇〇〇円、昭和四〇年六、三三五、〇〇〇円、昭和四一年七、二二六、〇〇〇円、合計二五、六七三、〇〇〇円であるが、これを一カ年平均額にすると八、五五七、〇〇〇円となる。この収益率を二五パーセントとすると一カ年の利益は二、一三九、〇〇〇円となり、被害者の生活費をその五〇パーセントとすると一カ年の純益は一、〇六九、五〇〇円である。

ところで被害者の死亡時の年令は六三歳(明治三七年八月二五日生)であるから第一一回生命表によればその平均余命は一二・八六年となり、これを右年間収入額で計算すると一三、七五三、七七〇円となるが、これを複式ホフマン式計算法により中間利息を控除すると、被害者が喪失した得べかりし利益は一〇、五〇三、七四二円となる。

2 葬儀費用 原告鈴木てつは被害者の葬儀に際し合計三五七、四二五円を支出した。

3 慰藉料

被害者は死亡当時土木建築請負業を経営していたが地域住民に人望が厚く多度志町において、商工業協同組合理事長、配給統制組合専務理事、農業会理事、農業委員、村議会副議長、教育委員長、消防団長、旭川区裁判所調停委員等の公職を歴任してきた。近年それらの公職は大部分辞して家業に専念し、ようやく土建請負業もその基礎を築きあげた途中で本件の悲惨な事故にあつたものであつて、その苦痛は三、〇〇〇、〇〇〇円を以て慰藉されるべきである。

他方原告鈴木てつは被害者の妻として長年被害者を助けて被害者をして今日あらしめたのであるが、本件事故により一瞬にしてその功績も消えるに至つたのであるからその苦痛は一、〇〇〇、〇〇〇円を以て慰藉されるべきであり、またその余の原告らは被害者の子であるところ、父に対する信頼と愛情もこの惨死にあいその悲嘆、苦痛ははかり知れず、それぞれ三〇〇、〇〇〇円を以て慰藉されるべきものである。

(五)  以上により原告らは被告に対し次のとおり損害の支払を求める。原告鈴木てつは、

1 被害者の喪失利益の三分の一にあたる相続債権 三、五〇一、二四七円

2 被害者の慰藉料の三分の一にあたる相続債権 一、〇〇〇、〇〇〇円

3 固有の慰藉料 一、〇〇〇、〇〇〇円

4 葬儀費用 三五七、四二五円

5 弁護士に支払つた着手金 一〇〇、〇〇〇円

6 弁護士に本件勝訴の後支払うべき謝金 六五〇、〇〇〇円

以上合計六、六〇八、六五二円およびこのうち弁護士への各報酬を控除した五、八五八、六七二円に対する本件訴状送達の翌日たる昭和四四年一一月二二日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

原告鈴木隆昌、同西淑子、同鈴木恒行、同川合千恵、同鈴木克枝、同鈴木敏晃、同鈴木照子は、それぞれ、

1 被害者の喪失利益の二一分の二にあたる相続債権

(ただし円未満切捨) 一、〇〇〇、三五六円

2 被害者の慰藉料の二一分の二にあたる相続債権

(同) 二八五、七一四円

3 固有の慰藉料 三〇〇、〇〇〇円

4 弁護士に本件勝訴の後支払うべき謝金 一五〇、〇〇〇円

以上合計一、七三六、〇七〇円およびこのうち弁護士への報酬を控除した一、五八六、〇七〇円に対する本件訴状送達の翌日たる昭和四四年一一月二二日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

二、請求の原因に対する答弁(被告)

第(一)項のうち被害者鈴木健敏が事故により死亡したこと、事故の発生日時、場所、事故車、運転者は認めるが、被害者の死因については不知、事故の態様は否認する(ただし被害者がブルドーザーの排土板の下敷となつたことは認める)。本件事故が交通事故であることは争う。

第(二)項の事実は不知。

第(三)項のうち、被告会社が本件事故車を保有し、訴外竹村征八を雇傭していたことは認める。被告会社はブルドーザーの賃貸を業とする会社である。

本件事故車たるブルドーザーは、被告会社から被害者鈴木健敏に賃貸借契約を結んで引渡したものであるところ、被害者は賃借したブルドーザーを使用して、同人が他より請負つた河川改修工事をなすため、運転者竹村征八を自ら指揮監督し道路以外の場所たる笹藪を通過する運行を命じ、竹村がその指揮下に入つてブルドーザーを運転中本件事故が発生したものである。従つて、本件事故当時における事故車ブルドーザーの運行供用者は被害者自身であつて被告会社ではない。

第(四)項の各損害発生は不知、ただし被害者が土木建築請負業を営むものであつたことは認める。

第(五)項の損害賠償請求権を原告らが有することは争う。

三、仮定抗弁(被告)

仮に本件事故当時の運行供用者が被告会社であるとしても、被告会社および運転者竹村は本件運行に関し注意を怠らず、また本件事故車に構造上の欠陥又は機能の障害がなく、被害者自身の過失によつて本件事故を招いたものであるから、被告会社は損害賠償義務はない。

即ち、本件事故現場は前方の見透のきかないまでに笹が二メートル余にのびて繁茂しており、被害者は事故直前に竹村運転者に対し、その笹藪を運行するよう指示したので竹村はその指示通りブルドーザーを運行せしめたところ、繁茂して見透せない笹藪の中に意外にも被害者が入つていたのである。ブルドーザーを誘導するには運転手から見える場所にいてなすべきで、自己の指示しブルドーザーの進路上の笹藪に入り運転台から見えない状態のまま誘導するということは考えられないのであつて、竹村運転手に過失はない。なお竹村は、一万時間以上のブルドーザー運転実務の経験を有し熟練した運転者である。原告は竹村が運転免許を有しておらず、本件事故車は車検を経ていないと主張するが、ブルドーザーを道路以外で操作することは道路交通法にいう「運転」に該当せず従つて公安委員会の運転免許を受けることを要せず、またブルドーザーは道路以外の場所のみにおいて使用するものであるから道路運送車両法の「運行」に当らず車検証を要しない。尤もブルドーザーは価格が高く、使用料も高いので整備不良のため故障を起せば修理時間中作業を休まざるを得ず、そうなれば使用料収入が減つて被告会社が損失を蒙るので、被告会社はそのような実際上の必要から本件事故車についても必ず慎重に整備点検を履行していたものである。

四、答弁(原告)

仮定抗弁事実は否認する。本件事故は事故車の運転者竹村征八の前方不注視と未熟な運転により発生したものである。また被告会社は本件事故車(ブルドーザー)が道路上を運行しなければ現場に到着できない地理的状況にありながら運転資格者を同行させず、車検がなくかつ無免許の運転者竹村を派遣したのであるからこの点においても過失責任を免れない。

第三、証拠〔略〕

理由

一、訴外鈴木健敏(以下被害者という)が、昭和四二年八月七日午前一〇時頃、樺戸郡新十津川町字上尾白利加三、三二二番地先の笹藪において、被告会社の使用人竹村征八が運転するブルドーザー小松D六〇A(以下事故車という)の排土板の下敷になり死亡したことは当事者間に争いがない。

二、原告らは前項の事故(以下本件事故という)につき自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条の適用を主張するので以下この点につき判断する。

先づ本件事故車であるブルドーザーの大きさが、高さ二・五九五M、長さ四・八八〇M、幅三・六五〇Mであることについては当事者間に争いがないが、右の大きさを有するブルドーザーは道路運送車両法二条二項、三条、同法施行規則二条にいう大型特殊自動車であつて、自賠法二条一項の「自動車」にあたることは疑いがない。

ところで、被害者が土木建築請負業を営んでいたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告会社は土木建設および重機の賃貸を業とする会社であること、昭和四二年七月末被害者が被告会社にブルドーザーの賃借方を申し入れ、その頃、被告会社と被害者との間で、ブルドーザー一台を運転者付で賃料は稼働時間一時間につき三、〇〇〇円、使用場所は被害者が施工中の尾白利加川護岸工事現場、ブルドーザー運搬料は被害者の負担、期間は四日程度との約定で賃貸借契約が結ばれたこと、そこで被告会社は同年八月七日朝かねて被害者との打合せにより本件事故車ブルドーザー小松D六〇A一台に運転者竹村征八をつけ、前記工事現場に近い樺戸郡新十津川町字上尾白利加三、三二二番地付近まで専用輸送車を用いて事故車を運搬し、同日午前九時頃、同所の道路(町道尾白利加線)上に降ろし、出迎えに来ていた被害者にこれを引渡したこと、右引渡の場所と工事現場との間の方角、地形等の概略は別紙図面のとおりであるが、被害者は事故車を工事現場まで移動させるべく運転者竹村に対し移動の経路方法等を指示し、竹村がこれに従つて事故車を運転したところ、同日午前一〇時頃、右引渡場所から約八五M進行した別紙図面〈×〉地点の笹藪において、被害者が事故車の排土板の下敷となり左背部、両大腿部、左膝関節部各挫創、肋骨々折等の傷害を負い、その頃右負傷の際の胸部圧迫により死亡したこと、が認められ右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、被害者は、本件事故車の賃借人としてこれを使用する権利を有しており、少くも引渡を受けた以後は自ら運転者竹村に対し事故車の移動経路方法等を指図してその運行を支配しており、またその運行自体も被害者の利益のために行なわれたものというべきであるから、自賠法三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」自身であるというべく従つて自らその生命身体を害せられたとしても、同法条の「他人」には該当しないと解するのが相当である。そうすると原告らの前記主張は採用できない。

三、次に原告らは本件事故につき民法七一五条の適用を主張するので、先づ本件事故車を運転していた竹村征八の過失の有無について判断する。

(1)〔証拠略〕によれば、本件事故当時の事故現場付近の状況は次のとおりである。即ち町道尾白利加線の北東側は雑草の繁茂する傾斜地および雑木林で、約二〇M先の低地には町道にほぼ平行して幅三M、深さ〇・三Mの小川が北西から南東へ流れ、そのさらに北東側に水田があり、水田と小川にはさまれた部分は竹村が渡つた小川の付近において幅約一〇Mありその部分から北西へ行くにつれ次第に広くなり、約四〇M先で水田が切れ、その切れた部分を水田沿いに四〇ないし五〇M北東へ進むと尾白利加川の川原に出るが、同所が被害者の請負つた護岸工事現場である。事故発生場所は水田と小川にはさまれた笹藪の中で、同所には二M余に伸びた笹を主とし他にイタドリ、蕗、シシウド等が密生している。この笹藪は事故発生地点の六M東南から水田に沿い北西へ、さらに北東へと幅約六Mの帯状をなして続いており、その笹藪の南西小川付近および北西部分は雑木林である。また笹藪の東南側で水田と小川にはさまれた部分は葺を主とした雑草と若干のイタドリが通常の状態で生育した草地であり人の存在を覚知するのは比較的容易である。

(2)〔証拠略〕によれば、竹村は輸送車から道路上に事故車を降した後、出迎えに来ていた被害者および被害者方従業員(現場責任者)鈴木勇次郎の両名から使用場所である護岸工事現場の位置、方向等を聞き、途中に水田があるのでこれを迂回して移動するよう指示を受けたこと、そこで道路北東側の傾斜地を下る適当な箇所を捜すべく事故車を二六M移動させたところ被害者が付近の農道から下るよう指示したが、同所は危険であると判断し雑草の繁茂する部分を道路と直角に下つたこと、その頃鈴木勇次郎は輸送車の方向転換場所を教えるため同車と共に竹村の運転する事故車のもとを離れたこと、竹村が事故車を小川まで移動させた時、被害者は既に農道を通つて小川の対岸に渡り同所に立つていたので、竹村が小川の渡り方を聞いたところ、土砂で小川を埋めその上を渡るよう、またその後は水田に沿つて川原まで進行するよう指示したこと、竹村が右指示どうり事故車の排土板を数回操作して小川を埋めこれを渡つたが、この時被害者の姿がなかつたこと、しかし同所から水田、笹藪、雑木林等が一望され先の被害者の指示した進行経路が理解できたので特に被害者を捜がすことなく、事故車を同所から水田付近まで進めそこを左へ折れ水田周囲の畔(幅〇・四M、雑草地からの高さ〇・七五M位)と一、二Mの間隔を保ちつつ、雑草地を二十数M進行し前記認定の笹藪に達したがこの間被害者は依然姿が見えなかつたこと、竹村が笹藪をさらに約六M進行した時畔の上を走つて来た鈴木勇次郎から両手で停止の合図を受けたため停止したこと、鈴木勇次郎は輸送車を付近の空地で方向転換するのを手伝つた後事故車に追いつくべく小川を渡り急ぎ足で畔上を歩いていたものであるが、事故車の右斜後方三Mの地点まで接近した時、人の叫び声が聞えたので不安を感じて事故車に走り寄り畔上から竹村に停止を命じたものであること、さらに鈴木勇次郎は竹村に事故車の排土板を上げさせ事故車を後退させたところ、被害者が畔に向け斜めうつ伏せの状態で倒れており前記認定の傷害を負つているのが判つたので急ぎ助け起して声をかけたが、被害者は僅かに口を動かすだけであり、約一時間後同所に医者がかけつけた時には既に死亡していたこと、事故当時の事故車の速度は通常人の歩行速度よりもやや遅い位であつたこと、被害者の当時の服装は薄いグレーのシャツに黒つぽい霜降りのズボンをはき、白つぽいグレーの登山帽をかぶつていたこと、被害者の身長は五尺三、四寸であること、事故車は進行に際し雑草、笹等を倒したり地面の状況(特に穴、抜根などの障害物の存否)を覚知するため排土板を上下に作動させていたものであるが、被害者はその排土板で一度前方へ倒された後その下敷となつたものであること、以上の事実が認められ右認定の一部に反する〔証拠略〕の一部は前掲証拠に対比し措悟できず、他にこれを償すに足る証拠はない。

(3)〔証拠略〕によれば、竹村が事故車運転台に坐つた時の目の高さは地上から二・三五Mあるが、その目の位置から排土板下端までの水平距離は三・七二Mあり、さらに事故車前面の機関部分によつて生ずる死角のため、例えば一・六〇Mの身長の人では排土板から一・三〇M以内に接近すると竹村からは見えない状態になることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(4)  ところで右認定事実によれば竹村は被害者が事故車の付近にいることを認識せずにこれを運転していたのであるが、本件事故現場の如き状況においてブルドーザーを運転操作する者として被害者が付近にいることを認識又は予測してなすべきであつたか否かについて考えるに、竹村が本件事故現場付近へは過去に来た経験がなくその地形上の予備知識は全く有していなかつたことが、〔証拠略〕によつて認められるが、前記(2)で認定したところによれば、被害者から農道入口付近および小川付近において地形の概略、移動すべき経路等につき指示説明を受けていること、格別複雑な地形でない本件事故現場付近を運行するに際し右の指示説明以上に逐一具体的に誘導してもらう必要があつたとは認めがたいこと、被害者が竹村に対し自分が誘導する旨言明したり或いはその誘導の意思を推知しうるような挙動をしたことが本件全証拠によるも認められないこと、被害者が雑草地を歩行していれば容易にその存在を知りえたと思われるのに竹村はこれを見ていないこと、尾白利加川護岸工事現場が数十M先にあり被害者がそこへ戻つたものと竹村が推測したとしてもあながち不自然ではないこと等から、少くも竹村が被害者を見失つた後笹藪に達するまでに事故車を一時停止せしめ下車するなどしてその所在を捜すべきであつたという事はいいえない。また被害者が如何なる理由動機から密生した笹藪中で事故車の排土板の直前に身を置いたのかは、被害者が死亡し目撃者も存在しないので全く不明であるが、仮に原告らが主張するように事故車を誘導する意思であつたとしても、それ自体極めて不適切であつたといわざるを得ない。蓋し、通常、人が自動車を誘導する場合運転者から直接誘導者による手信号等の合図が確認できる場所に位置するか、少くも笛、声などにより誘導者の判断が運転者に伝達されうる場所にいるべきであり、本件の場合水田脇の畔上や事故車運転台横に同乗して行うなどの方法もあり特に密生する笹藪中のしかも事故車の進行路上に位置する必要性は認められずまた極めて危険でもあるからである。加えて、本件事故車はブルドーザーであつてその発する騒音が激しいこと、その進行速度が遅々としたものであつたことから、誰もが事故車の接近を知りその進行路上から身を避けることが容易であつたことは明らかである。密生した笹藪の中では通常の場所よりも歩行に障害があることは推測に難くないが、本件事故現場にいてもブルドーザーに追いつかれ避けられない程に歩行が困難でなかつたことは証人鈴木勇次郎も証言するところである。これらの事実を総合すると、竹村が笹藪の中へ進入するに際し、被害者がその中にいるかも知れないと予測しつつ事故車を運転すべきであつたとは解しがたい。また本件事故現場付近は人里離れた山中であつたことブルドーザーの前面が極めて危険な場所であること等考慮すると同様に被害者以外の者が笹藪中にいることを予測すべきであつたともいいえない。

次に竹村が被害者の存在を予測しつつ運転したのではないとしても前方注視義務を遵守していれば被害者の存在を認識しえたか否かにつき考えるに、本件事故現場は前記(1)で認定したとおり二M余の笹が密生していたのであるから被害者の身体が笹に埋もれてしまつていたことが推認されること、被害者の服装、帽子等の色彩は前記(2)で認定したとうりであり、笹との識別が困難であること、運転席から排土板先端までの間隔が三・七二Mありさらに排土板が上下に作動している状態では死角範囲が広いので、被害者の歩行により生じたかも知れない笹の動きによつて人の存在を覚知することは至難であること、被害者が接近して来る事故車の直前で大声で停止を命じたことの可能性がない訳ではないが、仮にそうした事実があつたとしても激音の発生源上に位置する竹村がこれを聞き取り得たとは確認しがたいこと、これらの事実を総合すると被害者が事故車の直前にいることを竹村が覚知する可能性はなかつたものと認めるのが相当である。

以上のとおりであるから、結局本件においては事故車運転者竹村に過失はない。

(5)  原告らは、本件事故車は車検を経ておらずまた竹村が大型特殊自動車の運転免許を有していなかつたのに町道尾白利加線上を運転したことは違法であり、また運転の有資格者を竹村に同行させなかつたことは被告の過失であると主張する。本件事故車が車検を経ていなかつたこと、竹村が運転免許を有していないのにかかわらず町道上を運転したことは当事者間に争いがなく、従つて竹村の右行為は道路交通法に違反するものではあるが本件の事故が前記のとおり道路以外の場所で発生したものであることからして本件事故発生とは因果関係がない。また運転免許を有する者を竹村に同行させていれば本件事故は発生しなかつたであろうということについては本件全証拠によるも認めることができない。ブルドーザーの操作技術が単に大型特殊自動車免許の有無によつて決定されるものでないことは経験則上明らかであり、却つて〔証拠略〕によれば、竹村はブルドーザーの操作について知識も技術も有している熟練者であつたことが認められる。従つて右主張は採用できない。

(6)  そうすると原告らの主張する民法七一五条の適用については竹村征八に過失はなかつたと認められるのでその余の主張事実を判断するまでもなく右主張は失当である。

よつて原告らの本訴各請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宏)

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